良いワインを飲んだ方が早く味が分かるようになりますか?

もっとはやく高級ワインの美味しさが分かるために、近道のようなものはないのでしょうか。中には、高級ワインの良さが分かるためには、高級ワイン以外は飲まない方がいい、と考えている人もいます。

なるほど、生まれた時から良い音楽のみを聞かせ続ける、音楽の英才教育のようなものですね。それもワイン文化との接し方の一つだろう、とは思いますが、あまりおすすめはしません。

その理由はおいおい話すとして、まずはワインの格付けについて簡単に説明しておきましょう。

ワインの品質は4つの格付け分類がされていて、下からサウンド、グッド、ビッグ、グレートのように段階的になっています。全体でちょうど富士山のようなピラミッド構造をしていて、ワインの探求も山登りによくたとえられます。

裾野にあたるサウンド・ワインは、最も一般に親しまれていて、種類も実に豊富なワインです。それより少しレベルの上がったものがグッド・ワインで、ポピュラー・ワインと呼ばれるのは、この2つのワインになります。さらに上に登ってゆくと、斜面が急勾配になったあたりが、ビッグ・ワイン。この半分から上がクラッシック・ワインと呼ばれます。

そして見晴らしの良い頂点に、ごく僅かにあるのがグレート・ワインです。

私たちがどの道から登りはじめても、けっきょく登り詰めてゆけば同じ頂点にたどり着いてしまいます。富士山と言えば、今は乗鞍岳の頂上まで気軽にバスで行ける時代です。バスで行くと、頂上に着いても、ああ高い所へ来たなというだけで、感動も何もありません。

裾野には広々とした美しい風景が眺められますし、五合目まで行けば、高山植物のお花畑にも巡り会えるかもしれません。

苦労して汗をかいて、ようやくたどり着いてみると、同じ頂上からの風景も全くちがった物に見えてくるはずです。

複雑な味のクラッシック・ワインに対して、単純で分かりやすい味の、安いポピュラー・ワイン。しかし、実はそこには全ワイン中で最も膨大な種類の、多様な味わいが隠されています。

それらの味を自分の舌で実際に経験し、少しずつ山道を制覇してこそ、高級ワインがどのくらいの高みにあるのかが実感できると言えます。

なぜグレート・ワインというものが優れているのかと言うことを、脳より先に身体が理解してしまうのです。

本当は音楽の英才教育も、これと同じなのです。

どんな音楽愛好家でも、子供の頃に最高の音楽ばかり聞き続ける事はできません、自分で楽器を手にとって、演奏する事になります。そして必ずと言っていいほど、膨大な練習をします。そのとき、自分の奏でる練習作や凡作、失敗をいくつも耳にして成長してゆくのです。

その練習の経験と知識が基礎にあるため、他の演奏家の技巧がいかに素晴らしいかについて、考えるよりも先に肌で感じる事ができるのです。

朝から晩まで最高級ワインだけを飲んで暮らしている人がいます。彼らはそうしないと、高級ワインの良さが分からない、という信念を持っています。

これをすると、舌が肥えるのは確かです。どういう意味の舌が肥えるか、というと、少し程度の低いワインを飲めば、すぐにそれが程度の低いものだという事がわかるようになる程度には、味にうるさくなります。そして残念な事に、程度の低いワインは身体が受け付けられなくなるのです。

音楽で言えば、楽器を触ったことがないけれど、良い音楽は生まれた時からずっと聴いているという状態でしょう。

最初から頂点しか飲まない、という事は、長大なクラッシックの見せ場や、一番の盛り上がりしか楽しめない、というようなものです。クラッシック・ワインの優れたものだけしか飲まない人は、ポピュラー・ワインを巡ってゆく楽しさを知りません。

彼らは、ワインの山の裾野にいっぱい広がっている、素晴らしいワインをいくつも見逃しているのです。

一合目には一合目の、五合目には五合目の、九合目には九合目の楽しさがあります。裾野から徐々に登り詰めて行けば、それまでのグレードの低いワインとの違いがわかる瞬間を、何度か迎えます。

ビッグ・ワインへと切り替わったとき、六、七合目あたりの物を飲んだとき、そのひとつひとつの瞬間にも喜びが湧きます。

そのようにして、最後に頂上に到達したとき、これまで積み重ねてきた感動をさらに上書きするような素晴らしい味に出会い、最高級ワインに心から感服すると同時に、本当の感激を味わえるのです。

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