味覚データを管理された社会では味の世界は広がらない

日本では2015年の10月から「マイナンバー制」が始まり、通知カードの配布が始まりました。これにより全国民がマイナンバーという数字で管理されることになります。政府は利便性ばかり強調し、セキュリティ面ではお茶を濁すようなことしか言いませんが、年金の個人情報が流出した例などを鑑みるに、マイナンバー情報の流出といった問題はきっと起きるでしょう。

国民は、自分自身を番号やデジタル情報で管理されることに少なからず警戒感を感じています。しかし、そのような警戒感を無視して、企業や政府はこれからさらにデジタル情報での管理を強めるはずです。

自分好みの味が「管理」される

科学技術は人間の五感の再現に挑戦し続けてきました。触覚や視覚、聴覚といった感覚のセンサーは早くから開発され、実用化もされています。味覚についてもセンサーは存在しましたが、近年注目されているのは、味覚を詳細な段階で数値化できるというもの。いわば「人工舌」と言ってもいいでしょう。

味覚センサーは「酸味」「苦味」「甘味」「塩味」「旨味」それぞれを計測し、数値化。「辛味」がないのは、これは厳密には人間の舌にある天然センサー「味蕾」が感じ取るものではなく、「痛み」刺激だから。

この「人工舌」を紹介する記事では、例えば自分好みの味をセンサーで測定し、データベースに蓄積しておけば、それを飲食店が利用して自分好みの料理を作ってくれるようになるとか、「有名人がおいしいと感じる味」を提供するなどといったことができるようになるかもしれないと主張しています。

或いは、食品メーカーが自社商品を数値化し、それを購入した顧客群のデータとリンクさせることで、地域ごとの大まかな好みに合わせた商品展開ができるようになるともいいます。現在でも、例えばカップうどんが東日本と西日本で味が変えられているというのは有名な話ですが、それがより細かい地域分けまで行えるということでしょうか。

いわば「好みの最適化」とも言えるこの技術は、近いうちに実現されるものと考えられます。「自分で選ばなくても、自分が好きな味を手に入れられる」世界が間近になったわけです。

まさに、人間をバカにして家畜化する技術の一つといえるでしょう。

イオンの系列会社で、輸入ワインなどを専門に販売している「イオンリカー」のオンラインショップでは、味覚センサーによる情報をもとに、各商品ページに「甘味」「渋み」「酸味」「果実味」それぞれを5段階で表す「味のバランス」情報を記載しています。

他にも、香りの傾向やぶどうの品種、産地などといった情報を記載しており、消費者はまだ「選べる」段階です。商品の味覚情報を詳細に記載し、消費者がそれを参考にして選べるというのはまことに結構なことだと思います。

しかし、それらの情報から購入者の好みの傾向が分析され、管理されれば、今度は「与えられる」段階に移行するでしょう。

また、さらに踏み込んだ可能性としては、ワインの好みデータからその他の飲料や食品の好みの傾向までも割り出され、「与えられ」ることになるかもしれません。

このような味覚管理は、企業にとっては非常に便利なことなので、どんどん高度化するに違いありません。が、「個人」として見たらこんなに気持ち悪いことはないのではないでしょうか?

味覚は経験が育てる

ワインに限らず、コーヒーでもお茶でも、または料理でも、自分の舌で確かめ、時には失敗し、時には思わぬ出会いをすることで味覚の世界は広がります。

私自身の経験で言うと、初めて買ったコーヒー豆が、実際淹れてみると自分の好みとは違ったけれど、不思議とおいしく感じたり。或いは日本人に苦手な人が多い香菜(パクチー)が、慣れると逆に入っていないほうが物足りなくなったということがありました。

たとえばワインを例にすれば、甘くて口当たりがいい廉価品ばかり飲んでいてもワインの本当のよさを味わえる舌は育ちません。独特の渋みや癖などがある本物のワインを飲みつけ、慣れていって、やっとワイン本来のおいしさというのが分かるようになるわけです。

このような経験による味覚の進化・深化は好みの味ばかり選んでいては絶対に起こりません。苦労を避け楽なことばかり選んだ人間の人生には深みがないというのと同じことです。

最近は、「酸味」「苦味」「甘味」「塩味」のうち、少なくとも一つの味覚が認識できない子供が増えているそうです。味覚の障害は、亜鉛不足や感覚神経障害、天性のものなどさまざまな理由が考えられるので、一概に「これのせい」ということはできませんが、親が子供の好みのものばかり与えたことによって舌が育っていないということも、一因として考えられると思います。

味覚データ管理のプラス点

これまでは、詳細に分析された味覚が管理され、利用されることのマイナス面ばかり述べてきましたが、プラス面にも目を向けなければフェアとはいえないと思いますので、「人工舌」利用のポジティブな部分にも触れてみようと思います。

味覚というのは体調によっても変化します。自分の健康状態とそのときおいしく感じた味をリンクすることができれば、味覚の変化によって体調変化を把握できるようになります。そのとき体にとって何が足りなく、どんな栄養を摂取すればいいかも分かるようになるかもしれません。

認知症は現代社会における大きな問題です。認知症の患者さんは、症状の進行にともなって味覚も変化するといいます。定期的に自分の味覚情報を記録していくことで、明確に現れていない認知症の兆候をつかむことができるようになる可能性はあります。

このような個人の健康管理以外では、企業の品質管理にも利用できそうです。

すでに味覚センサーを利用して、新規に原料を売り込んでくるような時に味覚データを分析するというような食品メーカーもあるとのこと。「一定の味」を要求されるような大企業は、センサーの活用で容易に味を一定に保つことができます。

例えば近年騒ぎになったマクドナルドに鶏肉を卸していた中国企業が、消費期限切れのカビた鶏肉を使っていたといった問題も、味覚センサーでチェックすることで事前に防げるようになれば、企業が信用を失うリスクを低減できるでしょう。

他に、個々の食材の味覚データを活用することで、これまで常識的には考えられなかった食材の組み合わせにより、新たなおいしさを創出できるのも可能かもしれません。

自分の味覚は他人に利用されるべきではない

中国の古典軍学書『孫子』には、「味は酸・苦・甘・辛・鹹の五つに過ぎない。だが五味を組み合わせた変化は窮め尽くせない」とあります。『孫子』はもちろん軍学書なので、それと同様に兵法の奇正をうまく組み合わせればその軍の進退は極まりがないと説いているわけですが、味の組み合わせに極まりがないというのもまた真理です。

データ化され、パターン化された味ばかりに耽溺していれば味の世界の広がりを自ら狭めることになります。ましてや、それが他人に決定され、枠にはめられるように半ば強制される食生活が楽しいはずがありません。

上記のように、味覚データの管理には確かにプラス面もあります。ただ、個人としてはデータを他人に預けて思考停止し、利用されるようなことは意図的に避けるべきではないでしょうか?それでこそ初めて、自らの意思で自らの舌を楽しませることができるはずです。

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