日本でもフランスのワインを造る事ができますか?
日本のブドウ名産地、勝沼にブドウ狩りにいくと、1本の巨木から何百という房がたわわに実っています。日本で収穫されるブドウは、1ヘクタール当たり約20トン、ワインに換算すれば、平均で1万5000リットルに及びます。
では、高級ワインを生み出すフランスのブドウ畑はいったいどんなものか、かなり気になるところです。
実際に、ボルドーやブルゴーニュのブドウ畑に行ってみると、ちょうど日本の桑畑に似た感じの畑が広がっています。木の高さは、人の胸から頭くらい。きちんと列を作っていて、日本よりも木と木の間隔が狭く、密集した感じになっています。
そして肝心の高級ワインの原料、高貴種ブドウは、というと、小さな房が一株に、いくつもついていません。
決して季節外れに来たのではありません、これはブドウの収穫期、9月の光景です。一体どういう事なのか、と驚きますが、これにはいくつかの原因があります。
まずあげられるのは、高級ワインに使われる高貴種が、一般的に生産量が少ないブドウの種だ、という事。それをさらに栽培方法で制限し、厳しい剪定で枝をつめ、わざと房をたくさんつけさせません。
このように、生食用のブドウとワイン用のブドウの栽培方法は、大きく異なっているのです。同じフランスでも高級ワインの畑ほど、見た目は気の毒になるくらい貧弱になってゆきます。
最近お値打ち価格で注目の南フランスのミディ地方(ラングドック)では、1本の木からボトル2、3本のワインが作られます。
対して、ボルドーやブルゴーニュの名ぶどう園になると、1本の木からボトル1本から半分程度。ミディの3分の1も生産されません。さらに、極甘口ワインで有名なシャトー・イケムになると、そのワイン生産量はなんと1本の木からグラス1杯分にも満たないのだとか。
このように、高級ワインはブドウの木をぎりぎりに切り詰めてゆき、ブドウの木のエネルギーを、その僅かな実に凝縮させた物を使っているのです。このぐらい果実の中身が濃くないと、優れたワインを作れないのだそうです。ワイン文化はじつに奥が深いものです。
この他、高級ワインのブドウの生育に影響を及ぼす要素は、様々なものがあります。
例えば季候。日本は非情に雨が多い土地で、6月には梅雨、夏は夕立、収穫期の9月には台風がやってきます。これらは、ブドウの実が成長する最も大事な時期です。しかし、ブドウはもともと乾燥に強い植物なので、夏が暑くても水分を取るのにそう苦労しません
そのため土壌が肥えていて、しかも雨が多い日本では、まるまると太った甘い巨峰が摂れるのです。
ブドウは本来、ヨーロッパのように、だいたい冬に雨量が多く、夏は乾期がやってくる気候に適応した植物です。
ブドウの木は、夏になって乾燥すると、冬の間に地中深く染みこんでいた水を確保する為に、地下深くへと根を伸ばします。ブドウの根が地下深くまで伸びると、土の深さに応じた多様なミネラルを根から吸収する事になります。それがブドウの実に含まれている成分を複雑にしてゆき、最終的にワインの味も複雑になる、という訳です。
逆に、土質が肥えた土地だと、根が地表近くで横に広がってしまい、実こそ多作になりますが、ワインにすると凡庸になってしまいます。なので、ワインの特産地だと、わざとブドウの木を密集して栽培させ、ヘクタール当たりの植え付け株数を多くするのが普通だそうです。こうするとブドウが横に根を張れず、どうしても地下に根っこを伸ばさざるを得なくなるのだとか。自然に身についた農耕の知恵なのです。
しかし、こうした気候や土質を踏まえ、科学的な栽培方法を真似しただけで、最高級ワインが作られるかと言えば、そう簡単にはいきません。ワインの味はあまりにも複雑で、繊細です。その土地のワインはその土地にしか作られない、と言われます。
たとえば、ドイツではリースリングと呼ばれる高貴種ブドウが栽培されています。それでは、このリースリングをフランスの名酒地方で栽培すれば、さらに高品質な最高級ワインが造られるのでしょうか。
実際に、フランスのアルザスでリースリングは栽培されていますが、これがいまいちいいワインにはなってくれないのです。
アルザスでは、ゲヴェルツトラミネールという種の方がリースリングよりよっぽど成功しています。
他にも、ブルゴーニュは赤にピノ・ノワールという高貴種ブドウを使っていますが、同じブルゴーニュのボジョレでピノ・ノワールを栽培しても、あまりいいワインにはなってくれません。
逆に、ボジョレのガメ種を他の地区に持って行っても、やはり凡酒どまりになってしまいます。
フランスのワインは、フランスでしか獲れないのです。
アメリカでは、以前から科学の粋を集めてワイン造りに取り組んでいました。カリフォルニア州に、ヨーロッパ各ワイン名産地のブドウの木を移植させ、フランス並みの高級ワインを大量生産しようとしていたのです。
そしてシャルドネ種の白、カルベネ・ソーヴィニヨン種の赤は見事な銘酒となり、大成功を収めました。
しかし、前者は本家ブルゴーニュのワインとは味のタイプの違うワインになってしまい、後者は、比較して味があまり洗練されていない、という評価を受けてしまいました。
どれほど同じ条件をそろえたように見えても、いつも何かが欠けているのです。
樽の成分だったり、その土地にしかないカビだったり、そんな物まで味に影響を及ぼしているのか、と驚くような物が、最高級ワインを生み出しているという事が分かっています。突き詰めるときりがないのですが、ワインはいまだに謎の多い、奥の深い文化なのです。
現在、ピノ・ノワールに関しては、もっと北のオレゴン州の方が適切なのでは、という事が分かって、オレゴン州がピノワインの製作に熱中しています。
しかし、恐らくブルゴーニュとは全く違う、新しいワインが生まれることは、まず間違いないでしょう。