インターナショナル・ワイン・チャレンジで日本のワインが金賞受賞の快挙

夢枕獏の『陰陽師』に、安倍晴明と源博雅がワインを酌み交わすなんていうシーンがあります。

唐から渡ってきたという設定になっていましたが、安倍晴明が生きた時代にはすでに遣唐使は廃止されていました。

仮に廃止前に西洋からシルクロードを通って長安に伝わったワインを遣唐使が持ち帰っていたとしても、ワインの保存法など知るはずがない当時、晴明の時代まで美味しさを保って残っていたとは考えにくい。

夢枕獏の小説には、このように考えなしで書かれたものが多いです。

もちろん、遣唐使による朝貢(冊封と朝貢を混同している人がいますが、日本は冊封はされていなくても朝貢は行っていました)がまだ行われていた時代に、実際に西洋のワインを飲んだ日本人がいた可能性はあります。

ただ、記録に残っていない以上はなんとも言えません。

実際の日本で最古のワインを飲んだ記録は、戦国時代の初期ごろに書かれた『後法興院記』と言われています。

当時は大航海時代が始まっており、室町幕府は明に朝貢していたので、平安時代よりは西洋のものもいくぶんかは入手しやすかったのでしょう。

日本で西洋式のワインの醸造は、関ヶ原の合戦の28年後の1628年に九州の小倉藩で行われたという記録があるようです。ただ、それはどうやら小倉藩の産業にまでは育っていない模様。

産業としてワイン醸造を行われるようになったと言っていいのは、やはり明治時代になってからでしょう。そこから起算すると、日本のワイン醸造の歴史は150年ほどということになります。

しかし、日本のワインはずっと高い評価を得られないできました。それは、紀元前からワインをつくっている人たちと比べると、150年の歴史など微々たるものですから仕方ありません。

しかしここ数年は甲州ワインなどを中心に、海外でも注目されつつあることも確か。

さて、えらく長い枕になりましたが、ここからが本題。

2017年4月にロンドンで開催されたワインコンクール「インターナショナル・ワイン・チャレンジ2017」の結果が5月に発表され、日本のシャトー・メルシャンが出品した「「シャトー・メルシャン 長野シャルドネ アンウッデッド 2015」が金賞を受賞しました。

「シャトー・メルシャン 長野シャルドネ アンウッデッド 2015」は、長野県産のワイン用ぶどう「シャルドネ」を、木樽ではなくステンレスタンクで醸造したもの。

このコンクールには世界中から1万点を超えるワインが出品されており、全てのワインのラベルは隠されてテインスティング審査が行われます。

つまり、審査員による先入観なしで行われた審査で、おいしさだけで金賞になったということになります。

シャトー・メルシャンは、他に銀賞3つ、銅賞5つ。金賞1つと合わせて計9つの賞を受賞しました。

この結果は、日本のワインの味が世界レベル、しかもトップレベルになっていることを示していると言っていいでしょう。

これからは、日本のワインが世界を席巻し、ワインといえば日本と言われるようになるかもしれません。

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